未把握の埋設管が招いた通信障害と追加工期:事前の情報連携とリスクアセスメントの徹底
建設現場におけるリスク管理は、工程、品質、コスト、そして安全を確保する上で極めて重要です。しかし、時に見過ごされがちな「見えないリスク」が、予期せぬ大きな失敗を招くことがあります。本稿では、都心部の建設現場で実際に発生した、埋設物調査の不徹底が原因で通信障害を引き起こした事例を取り上げ、そこから得られる実践的な教訓と具体的な対策について考察します。
失敗事例の詳細:都心での掘削作業における埋設光ケーブル損傷
当該事例は、都心部における大規模な再開発プロジェクトの一環として進められていた、既存ビル解体後の新築工事現場で発生しました。
プロジェクトの状況と当時の環境: 現場は、オフィスビルや商業施設、マンションが密集する地域に位置しており、地下には電力、ガス、水道、通信といった多岐にわたるライフラインが複雑に張り巡らされていることが事前に認識されていました。プロジェクトは工期短縮が強く求められており、詳細な埋設物調査(試掘や地中レーダー探査など)にかかる時間的・コスト的制約も存在していました。
実際に発生した事象: 基礎工事のための掘削作業が開始され、重機による土砂の搬出作業が進行していました。その最中、オペレーターが地中から異物を排出していることに気づき、作業を一時中断しました。確認したところ、それは事前に準備されていた埋設管図面には記載されていない光ケーブルであり、すでに重機のアタッチメントによって一部が損傷している状態でした。
その結果: * 損傷した光ケーブルを介して通信サービスを提供していた周辺地域の一部で、広範囲にわたる通信障害が発生し、社会的影響が大きくなりました。 * 損傷箇所の特定、管理者である通信事業者との緊急連絡、復旧作業の調整に多大な時間を要しました。 * 復旧作業中は掘削作業を全面的に中断せざるを得ず、全体工期に約3週間の遅延が発生しました。 * 光ケーブルの復旧費用、工期遅延に伴う間接費用、そして通信事業者や影響を受けた顧客からの損害賠償請求の可能性など、膨大な追加コストが発生する事態となりました。
原因分析:なぜ「見えないリスク」は見過ごされたのか
この失敗がなぜ発生してしまったのか、その根本原因を多角的に分析します。
- 埋設物調査の不徹底: 施工計画段階での埋設物調査は行われたものの、その内容は主に既存の公図や各インフラ事業者が提供する図面の確認に留まっていました。特に、比較的新しく敷設された通信用光ケーブルなど、最新の地図情報や既存のインフラ図面に反映されていない可能性のある埋設物に対する意識が低く、試掘や地中レーダー探査といった詳細かつ能動的な調査が十分に行われていませんでした。
- 情報連携の不足: 埋設管の管理者である通信事業者、電力会社、ガス会社などとの事前の情報連携が不十分でした。特に、過去に他の工事で敷設されたが一般的な公図には掲載されていないようなケーブルの存在を確認するプロセスが欠如しており、情報の網羅性に課題がありました。
- リスクアセスメントの甘さ: 都心部の複雑な埋設状況に対するリスク認識が甘く、万が一埋設物を損傷した場合の影響度(社会的影響、工期・コストへの影響)や、その際の緊急対応策が十分に検討されていませんでした。
- 工期優先の姿勢: 詳細な埋設物調査にかかる時間やコストを削減しようとする姿勢が、結果として予期せぬ事故とそれ以上の損失を招くことになりました。安全と確実性よりも、目先の工期やコスト削減が優先された側面があったと言えます。
得られた教訓:「見えないリスク」を可視化し、管理する重要性
この失敗事例から導き出される最も重要な教訓は、建設現場における「見えないリスク」の可視化と徹底的な管理の重要性です。
- 徹底的な情報収集と多角的な調査の実施: 埋設物は地上からは見えないため、常に「存在するかもしれない」という前提で詳細な調査を行うべきです。既存図面のみに依存せず、関係各所への照会、近隣住民や過去の施工業者からの聞き取り、試掘、地中レーダー探査など、複数の手法を組み合わせた多角的な調査が不可欠です。特に、都心部では既存のインフラ網が複雑であり、情報が必ずしも一元化されていないことを前提とすべきです。
- 関係者との積極的な情報連携と協働: 埋設物の管理者だけでなく、過去に周辺地域で工事を行った事業者など、広範囲な関係者との情報共有と連携を密にすることで、未把握のリスクを低減できます。図面だけでは分からない現地の状況や過去の経緯を把握するため、能動的な情報収集と関係者との協働体制の構築が求められます。
- リスクアセスメントの強化と事前対応計画の策定: 潜在的なリスクを洗い出し、その発生確率と影響度を評価するリスクアセスメントを強化すべきです。万が一の損傷発生時の対応計画(緊急連絡体制、復旧手順、損害最小化策など)を事前に策定し、関係者間で共有しておくことが重要です。
実践への応用:現場で活かすための具体的な対策
この教訓を読者の皆様の現場で活かすための具体的な対策を提案します。
- 施工計画段階での「埋設物リスク評価会議」の設置:
設計担当者、施工担当者、安全担当者が一堂に会し、以下の項目を議論する専門会議を定期的に実施します。
- 既存図面の徹底的な検証と矛盾点の洗い出し。
- 関係各所(自治体、インフラ事業者、近隣住民)への照会リストの作成と実施。
- 地中レーダー探査や試掘が必要なエリアの特定と計画立案。
- 発見された埋設物の種類に応じた掘削工法の検討とリスク評価。
- 地中レーダー探査や試掘の積極的な導入: 特に都心部やインフラが密集しているエリアでは、既存図面確認に加え、地中レーダー探査を全面的に導入し、必要に応じた試掘を計画に組み込みます。これらをコストではなく、安全と確実性を担保するための必須工程として位置づけます。
- 「埋設物リスクマップ」の作成と共有: 調査で得られた全ての情報を一元化し、未確認エリア、高リスクエリア、埋設物の種類と深さを明確に示した「埋設物リスクマップ」を作成します。これを現場事務所に掲示するだけでなく、作業指示書に添付するなどして、現場作業員を含む全ての関係者と共有し、周知徹底を図ります。
- 緊急連絡体制の確立と訓練の実施: 万が一の事故発生時に備え、埋設物の管理者、緊急対応業者、現場内外の連絡先リストを作成し、全作業員に周知します。定期的な緊急対応訓練を実施し、迅速な初動対応と被害の最小化を可能にする体制を整えます。
まとめ:失敗から学び、未来のリスクを回避する
今回の事例は、目に見えないリスク、特に埋設物に対する認識の甘さが、予期せぬ大きな社会的影響と経済的損失を招くことを明確に示しています。事前の徹底的な調査、関係者との密な情報連携、そしてリスクアセスメントの強化は、安全かつ円滑な工事遂行のための基盤であり、現場監督に求められる重要な責務です。
失敗から学び、その教訓を具体的な行動へと繋げることで、未来の現場でのリスクを回避し、より安全で効率的な建設プロセスを構築することが可能になります。読者の皆様の現場においても、この教訓を活かし、より堅牢なリスク管理体制を構築されることを心より願っております。